人は自分が期待するほど、自分をみてくれないが、がっかりするほど見てなくはない…Twitterは特に。

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今日は朝ツイコラム。。。的なメッセージ。
あ、こんにちは( ´ ▽ ` )ノ

このツイートからのお話。

人は自分が期待するほど、自分をみてくれないが、がっかりするほど見てなくはない。

出版界とIT界の寵児なお二人の対談本のタイトルです。

これって 本当にそうだなあって思いますし、未熟であるがゆえに、他人が自分を見てくれてるだろうっていう自意識とか、自分はこれぐらいイイ感じの評価もらってる気がするなあ〜っていう過大評価をしちゃうことがあります。

たしかに、誰も見てないってことはない。

でも、自分が思うほど、過剰なほど見てるかってーとそうじゃない。わかりやすいのがTwitter。
自分のつぶやきは100%見てくれているはずだっていう過信とか、タイムラインを見ているだけなんだけど、「そこにいる」感覚があるので、Twitterで雑談している人たちの会話に参加している錯覚をおこす。

タイムラインを見ているだけ。。。は、他の人からすればいないのと一緒。

自分が他人をみる時はどうだろう?

自分がタイムライン を見ている時、ツイートしていなフォロワーさんがタイムラインを見ていると思うだろうか??

フォロワーさんのツイートをすべて目に通して、リプライを返しまくっているのか??

そんなわけないよね。誰だって見落とすし、スルーするし、つぶやいてなければ、いないと感じるよね。

Twitterは、特に自分が思ってるほど他人はツイートをすべて真剣に目を通しているわけじゃない。真剣な発言、お知らせ、主義主張、そしてただの雑談。人によってTwitterの意味は違う。それを自分と同じはずだとか思ったらあかん。

でも、その中から生まれる「ていねいさ」があるから、Twitterから素敵な出会いが生まれたりもする。

そんなもんだ。

見えない分、かまってほしい欲もすごく大きくなるし、マイナスな感情を吐露したくなる。そんな弱い自分を見せるのもかまわない。

でも、やっぱり公共の場。面と向かってるのと変わらないコミュニケーションがある。だから、自分が傷ついたからといって、人を傷つけるだとか、人を誹謗中傷するだとか・・・それは人間としての品性の問題だよね。

人は期待するほど見てないけど、マイナスな部分はとっても目に入る生き物。だからこわい。はかない。もろい。

だからこそ、言霊が存在して人をプラスに持ち上げてくれる。Twitterでもリアルな現実でもそんなプラスな言霊をくれる人の方が、居心地いいよね。

 

結論

 

優しさや楽しさが欲しい時は、自分から与えるのが先。与えもしないのにくれくれ光線が出せるのは未成年だけ。

こちらも一緒にぜひ。
Twitterで傷つかないために知っておく事

うららん( @uraright ) でした!

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